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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)4213号 中間判決

原告

高橋清

外三〇名

原告ら訴訟代理人弁護士

秋山信彦

小林譲二

橋本佳子

被告

ザ リーダーズダイジェスト アソシェーション インク

右代表者社長

リチャード マクラフリン

右訴訟代理人弁護士

松尾翼

右訴訟復代理人弁護士

奥野泰久

内藤正明

主文

本件について日本国裁判所は管轄権を有する。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らそれぞれに対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月四日から支払済みまで年六分の割合による金員並びに昭和六四年二月四日以降毎月一五日限り別紙賃金目録の各原告らに対応する賃金額欄記載の金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 原告らの訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(本案についての答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、アメリカ合衆国ニューヨーク州に所在する法人であって、雑誌「リーダーズ ダイジェスト」等の雑誌及び書籍の発行、販売等を業としている。

(二) 株式会社日本リーダーズ ダイジェスト社(以下「訴外会社」という。)は、ダイレクトメールによる出版物の販売を主な業とする会社であって、昭和六一年四月一二日解散し、現在清算中である。

(三) 訴外会社は、もともとは被告の日本支社として発足したものであるが、昭和三六年、被告の一〇〇パーセント出資にかかる子会社として設立されたものである。そして、訴外会社の社長は、被告の決定により被告から派遣されてきており、雑誌の編集内容、商品の開拓・改廃、その他の業務決定、人事、財務等について被告の決定に従い、あるいは被告の許可を得て決定されており、訴外会社は完全に被告に支配されている。

(四) 原告らは、訴外会社の従業員で構成される日本リーダーズ ダイジエスト社労働組合(以下「組合」という。)の組合員であるが、後2(一)のとおり、昭和六一年二月三日、訴外会社を解雇された。

なお、原告らは、右解雇前、訴外会社から毎月一五日に別紙目録記載の賃金の支払いを受けていた。

2  不法行為

(一) 訴外会社は、昭和六〇年一二月三日、組合に対し、昭和六一年一月末をもって訴外会社を閉鎖するので同日付けで原告ら従業員を解雇する旨通告し、昭和六一年二月三日、右通告に基づき、原告らに対し解雇の意思表示を行った。

(二) 右の訴外会社の閉鎖及びこれを理由とする原告らの解雇は、被告が計画し、これを訴外会社に指示し、訴外会社と一体となって実行したものであるが、訴外会社の閉鎖及び解散は、専ら組合つぶしを目的とした偽装のものであるから、これを理由にした右解雇は原告らに対する不法行為である。

3  損害

(一) 逸失利益

原告らは、被告の右不法行為によって、昭和六一年二月四日以降、毎月支払いを受けていた別紙目録記載の賃金を受けることができなくなり、同日以降毎月右同額相当の損害を被っている。

(二) 慰藉料

原告らは、被告の右不法行為によって、永年勤務していた職場を奪われ、著しい精神的苦痛を被った。それを慰藉するには、原告それぞれにつき五〇〇〇万円が相当である。

4  よって、原告らは被告に対し、不法行為よる損害賠償として右3(二)の慰藉料五〇〇〇万円のうち五〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和六一年二月四日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金並びに昭和六一年二月四日から毎月一五日に別紙目録の各原告欄記載の金員の支払いを求める。

二  被告の本案前の主張

被告は、アメリカ合衆国ニューヨーク州に本店を持つ外国法人であるから、国際民事訴訟法の衡平の原則に基づく国際上の慣行に照らし、日本国の裁判所は、本件について管轄権を有しない。

すなわち、被告として訴えられる者は、自らの選択によらずして応訴を余儀なくされるのであるからその立場に配慮し、被告の住所地の裁判所が裁判管轄権を有するのが国際民事訴訟においても認められている原則であるところ、本件においては何らの例外的事情も存しない。原告らは、本件について、日本国裁判所に管轄権が存しないことを知りながら、いわゆるフォーラムショッピング(裁判所あさり)のため、日本国裁判所に本件訴訟を提起した。

また、原告らは、日本国内に不法行為地があることを日本国の裁判所に管轄権があることの根拠として挙げているが、事業の廃止、閉鎖は自由であって、これが不法行為となることはないから、原告らの主張はその前提を欠く。仮に、不法行為となりうるとしても、日本国は損害発生地にすぎないところ、単なる損害発生地に無制限に管轄権を認めることは適当ではない。

三  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

日本国の裁判所が本件につき管轄権を有しないとの主張は争う。

1  国際裁判管轄については、わが国の民事訴訟法の土地管轄の規定の適用を前提とし、当事者間の公平、審理の便宜、原、被告双方の場所的不利益などを総合的に考慮して、右原則によった場合には民事訴訟の基本原則に反する特段の事情があるときには管轄権の存在が否定されるというべきである。そして、右の当事者間の公平とは、当事者間の資力の差をも考慮した実質的公平を意味する。更に、資力の乏しい単なる市民が大企業に対して、消費者、労働者、旅客等の立場において渉外的な訴訟を提起する場合には、ある程度の内国関連性があるかぎり、当該原告の国際管轄を肯定するべきである。なぜなら、そう解さないと、社会的弱者たる当該原告にとって、外国で訴訟を提起し、追行することは事実上不可能であるから、裁判を受ける権利を実質的に保障されないことになるからである。

2  そうすると、本件は、不法行為に基づく損害賠償訴訟であって、加害行為地も損害発生地もいずれも日本国であるから、日本国が不法行為地になり、右1の特段の事情のないかぎり、民事訴訟法一五条により、日本国の裁判所に管轄権が存するというべきところ、当事者間の公平、審理の便宜、原、被告双方の場所的不利益のいずれの点からしても、被告が世界的な大企業であるのに対し、原告らが被告の一〇〇パーセント出資にかかる子会社たる訴外会社の一従業員であって、賃金のみで生計を立てていた労働者であるという資力の差の観点からしても、むしろ日本国の裁判所に管轄権を認めるのが相当であって、右の特段の事情があるとはいえない。

3  仮に、原告らが本件をアメリカ合衆国ニューヨーク州の裁判所に提訴しても、同州の裁判所はいわゆる「フォーラムノンコンビニエンス」の法理を援用して、その管轄権を否定するおそれが強く、その点からも、日本国の裁判所が管轄権を有することが認められるべきである。

第三  班拠〈省略〉

理由

一本件訴えは、日本国に住所を有する原告らが、その勤務していた日本国に本店を置く訴外会社が閉鎖され、それに伴って解雇されたのは、アメリカ合衆国デラウエア州法に基づいて設立され、同国ニューヨーク州に営業の本拠を置く被告が訴外会社を完全に支配しているというその地位を用い、被告が計画し、訴外会社と一体となって、専ら組合つぶしのため閉鎖を偽装して行ったものであるから、原告らに対する不法行為であるとして、それによる損害の賠償を求めるものであることは、訴旨及び弁論の全趣旨から明らかである。

二ところで、外国法人を被告とする民事訴訟について、いずれの国が裁判管轄権を有するかについては、これを一般的に規定する条約もなく、一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立されていないし、わが国にもこれについて直接規定する成文法規は存しない。そこで、右のような民事訴訟について日本国の裁判所が管轄権を有するか否かは、当事者間の公平、裁判の適正、迅速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当である。そして、日本国の民事訴訟法二条、四条、八条、一五条等の土地管轄に関する規定は、右と同じ理念に基づいて定められているものと解することができるから、国際的観点からの配慮を加えた場合に右のような条理に反する結果を来すという特段の事情が認められないかぎり、これによる裁判籍が日本国内に認められるときには日本国の裁判所に管轄権を認めるのが相当である。

三これを本件にみるに、

1 原告らが本件において不法行為として主張するものは、日本国内にある訴外会社の閉鎖及びこれを理由とする原告らの解雇であるから、その最も重要で基本的な加害行為地が日本国内にあることは明らかであり、また日本国内に住所を有する原告らがその職場を失って精神的苦痛を受けかつ毎月の賃金を受けられなくなったのがその損害であるというのであるから、その損害発生地も日本国内にあるから、民事訴訟法一五条の裁判籍が日本国内にあるということができる。

ところで、被告は、原告ら主張のような不法行為の存在を争うが、その点は本案についての判断の問題であって、管轄権の存否の判断に際しては、原告らの主張がそれ自体理由がないとか、何らの根拠もないことが明かな場合を除き原告らの主張事実が存在するものと仮定していずれの裁判籍が存するかを判断すれば足りるというべきである。なぜなら、不法行為地の裁判籍のように本案を理由あらしめる事実が同時に請求を理由あらしめる事実である場合に、右のように解さず、被告に応訴させてもよいと合理的に判断できる程度に本案について証明されることが必要であると解すると、本来、本案について立証を尽くした上で判断すべきことについて、右のような立証のいかんによっては、訴えが却下されるという原告の立場から見て妥当とはいい難い結果を生ずることもあるのに対し、被告にとっても、管轄権の存否の判断のため、実質的には本案についての審理に応訴を余儀なくされるうえ、実質的に本案の審理の結果、原告主張事実が認められない場合にも訴えは却下されるにとどまるから、他の国の裁判所で改めて本案についての主張、立証を必要とすることもあり、かならずしもその立場に配慮されたものともいえないばかりか、迅速な裁判という理念に反する結果をも来すおそれがあるからである。

そうすると、原告らの主張事実によると、それが不法行為となるか否かの準拠法は、法例一一条一項により日本法であるところ、日本法によると原告ら主張事実は不法行為となりうるものであり、また、原告らの提出した書証によるとその主張事実が、何らの根拠がないことが明らかとはいえない。

2  そこで、本件について日本国の裁判所に管轄権を認めた場合に、国際的観点からの配慮によって前述のような条理に反する結果を来すという特段の事情の有無について検討する。

(一)  被告がアメリカ合衆国デラウエア州法に基づいて設立され、同国ニューヨーク州に営業の本拠を置く会社であることは前認定のとおりであって、弁論の全趣旨によると、被告は、世界各国に雑誌「リーダーズ ダイジェスト」の各国版の発行等を業とする子会社を有する世界的規模の会社であって、日本にも支店や営業所はおいていないものの、その一〇〇パーセント出資にかかるいわゆる子会社である訴外会社が存在すること、もっともその子会社は現在清算中であることが認められる。被告が日本国内に営業所や支店を有していないという事実からすると、被告が、わが国の裁判所において訴訟活動を行うについてある程度の支障があることは予測できるところではある。しかし、原告らの主張に照らせば、本件の最大の争点は、訴外会社の閉鎖が専ら組合つぶしを目的とした偽装のものであるか否かであると解されるところ、この争点に関する主要な証拠方法も、原告らの損害についての証拠方法も、争点の性質上原告らの住所及び訴外会社の本店の所在地である日本国内にあると推認でき、また、前認定の被告が世界的な規模の企業であって、日本にも清算中とはいえ子会社を有していることからすると、被告が日本において代理人を選任し適切な訴訟活動を行うことは十分に可能であると考えられるから、右事実は未だ右の特段の事情にあたるとはいえない。

(二)  その他、右の特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。

四よって、日本国の裁判所は、本件について管轄権を有するから主文のとおり中間判決する。

(裁判官水上敏)

別紙目録〈省略〉

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